1. なぜ「危険源」を知ることが重要なのか
私たちは、工場や作業現場でさまざまな機械を使用しています。機械には、回転運動、電気、熱、騒音、振動、放射、化学物質など、さまざまなエネルギーや危険性が存在します。
機械安全を考える第一歩は、「事故が起きたかどうか」だけを見るのではなく、機械が持つ危険源(hazard)を特定し、そこから生じるリスクを評価することです。
ISO 12100:2010は、機械の安全設計における基本的な用語、原則、リスクアセスメントおよびリスク低減の方法を規定しています。2022年にレビューされ、2026年現在も有効な規格です。(ISO)
また、ISO/IEC Guide 51では、安全を「許容不可能なリスクがないこと」と捉えています。ここで重要なのは、「リスクが存在しないこと」と「安全」を同一視しないことです。安全性は、危険源を特定し、リスクを評価し、必要な保護方策によってリスクを低減するというプロセスによって確保されます。
リスクとは何か
ISO 12100では、リスクは危害の「ひどさ」と、その危害が発生する「確率」を組み合わせて評価します。
ただし、単純な「ひどさ×発生確率」という数式だけで機械の安全性を判断するものではありません。
危害の発生確率には、例えば次のような要素が関係します。
- 人が危険源にさらされる頻度
- 危険事象が発生する可能性
- 危険状態から回避または危害を制限できる可能性
- 機械の使用方法や保守作業
- 機械のライフサイクル上の各段階
したがって、リスクアセスメントでは、機械の使用、調整、清掃、保守、故障対応なども含めて検討することが重要です。
なお、ALARP(As Low As Reasonably Practicable)は特定の法制度・安全分野で用いられるリスク低減の考え方ですが、ISO 12100の機械安全を説明する際に、ALARPを機械安全そのものの基本原則として位置付けるのは適切ではありません。
2. ISO 12100に示される10種類の危険源
ISO 12100の附属書Bには、危険源を特定するための代表的な分類が示されています。
重要なのは、このリストを「これだけ調べればよい」という完全なチェックリストとして扱わないことです。ISO 12100に示される危険源のリストは、危険源を漏れなく検討するための重要な参考情報ですが、すべての機械・用途に存在する危険源を網羅的に保証するものではありません。
代表的な10分類は次のとおりです。
| No. | 危険源の分類 | 代表例 | 主な危害の例 |
|---|---|---|---|
| 1 | 機械的危険源 | 回転部、可動部、鋭利な部分、蓄積エネルギー | 押しつぶし、せん断、巻き込み、切断、衝撃 |
| 2 | 電気的危険源 | 充電部、短絡、アーク | 感電、火傷、火災 |
| 3 | 熱的危険源 | 高温部、低温部、熱媒体 | 火傷、凍傷など |
| 4 | 騒音による危険源 | モーター、排気、衝撃音 | 聴力障害、作業への干渉など |
| 5 | 振動による危険源 | 手持ち工具、機械振動 | 筋骨格系への影響、振動障害など |
| 6 | 放射による危険源 | レーザー、X線、その他の放射 | 眼・皮膚などへの障害 |
| 7 | 材料・物質による危険源 | ガス、蒸気、粉じん、液体、加工物質 | 中毒、皮膚障害、呼吸器への影響など |
| 8 | 人間工学的原則を無視することによる危険源 | 不自然な姿勢、過大な努力、反復作業、不適切な操作部 | 疲労、不快感、筋骨格系障害、ヒューマンエラーなど |
| 9 | 機械を使用する環境に関連する危険源 | 温度、水、粉じん、風、電磁的外乱など | 火傷、転倒、窒息、機械の機能不良など |
| 10 | 危険源の組み合わせ | 反復作業+身体的努力+高温環境など | 脱水、意識低下、熱中症など |
この10分類は、ISO 12100:2010附属書Bの分類に対応しています。(ALEKVS)
3. 物理的エネルギーによる危険
機械的危険源
機械的危険源は、機械安全で特に重要な危険源の一つです。
例えば、回転軸、プーリ、歯車、ベルト、チェーン、プレス機構などでは、次のような危害が発生する可能性があります。
- 押しつぶし
- せん断
- 巻き込み・引き込み
- 衝撃
- 切断
- 突き刺し
- 滑り、つまずき、墜落
また、機械が停止していても、ばね、油圧、空圧、重力などによってエネルギーが蓄積されている場合があります。
したがって、リスクアセスメントでは、機械が通常運転している状態だけでなく、停止、調整、清掃、保守、故障対応などの状態についても確認する必要があります。
電気的危険源
電気的危険源には、充電部への接触、短絡、アークなどがあります。
代表的な危害としては、
- 感電
- 火傷
- 火災
- 電気的な故障による二次的な事故
などがあります。
電気的危険源については、機械の電気設備、安全関連制御システム、接地、保護などを機械全体のリスクアセスメントと関連付けて検討する必要があります。
熱的危険源
高温の表面、熱い材料、熱媒体などとの接触によって火傷が発生する可能性があります。
一方、低温の表面や低温の物質との接触では、凍傷などの危害が発生する可能性があります。
したがって、機械の熱的危険源を考える場合には、「高温」だけでなく「低温」についても確認する必要があります。
4. 騒音・振動・放射・材料および物質による危険
騒音
機械から発生する騒音は、単に「うるさい」という問題だけではありません。
一定の条件で騒音に長期間さらされることは、聴力への影響につながる可能性があります。また、警報音や会話などの情報を聞き取りにくくすることによって、安全上の問題につながる場合もあります。
対策としては、単に耳栓などの個人用保護具を使用するだけではなく、騒音源そのものの低減、遮音、吸音、機械の配置など、適切な対策を検討する必要があります。
振動
振動には、手持ち工具などから手や腕に伝わる振動だけでなく、機械から身体全体に伝わる振動などがあります。
振動による健康影響を検討する場合には、振動の種類、強さ、周波数、暴露時間などを考慮する必要があります。
そのため、「振動がある=直ちに健康障害が発生する」と単純に判断することはできません。
放射
機械では、レーザー、X線など、さまざまな種類の放射に関する危険源が存在する場合があります。
放射の種類によって人体への影響や必要な防護方法は異なります。
例えば、レーザーでは眼や皮膚への影響が問題となる場合があります。一方、電離放射線では放射線の種類や線量、暴露条件などを考慮する必要があります。
したがって、「放射線には必ず防護壁と線量モニタリングが必要」と一律に判断するのではなく、対象となる放射の種類と適用される規格・法令に基づいて対策を決定する必要があります。
材料・物質
機械では、加工対象物、潤滑油、洗浄剤、ガス、粉じん、蒸気などが危険源となる場合があります。
化学物質については、SDS(安全データシート)を確認することが重要です。
SDSには、危険有害性、取扱い、保管、ばく露防止・保護措置、応急措置などに関する情報が記載されています。
ただし、SDSだけで機械の安全性を判断できるわけではありません。
機械の使用条件、作業方法、換気、設備構造、暴露状況などを合わせて評価する必要があります。
5. 人間工学と使用環境
人間工学的危険源
ISO 12100では、人間工学的原則を無視することによる危険源が分類されています。
例えば、
- 不自然な姿勢
- 過大な身体的努力
- 反復作業
- 不適切な操作部の設計
- 不十分な照明
- 不十分な視認性
- 精神的な過負荷・過小負荷
などがあります。
これらは疲労や筋骨格系障害につながる可能性があるだけでなく、人間の操作に関係する問題が別の危険につながる場合もあります。
ここで注意したいのは、「人的要因」と「人間工学的危険源」を同じものとして扱わないことです。
ISO 12100では、人間工学的原則を無視することによる危険源が一つの分類として扱われていますが、「人的要因」という独立した危険源が10分類の一つとして存在するわけではありません。
使用環境
機械そのものだけでなく、機械を使用する環境もリスクに影響します。
ISO 12100では、機械を使用する環境に関連する危険源として、例えば、
- ほこり・霧
- 電磁的外乱
- 雷
- 湿気
- 温度
- 水
- 風
- 酸素不足
などが挙げられています。
したがって、機械の安全性を評価するときには、「機械単体」だけを見るのではなく、実際に使用される環境との組み合わせを確認することが重要です。
6. リスク低減の基本原則:3ステップ
危険源を特定した後は、リスクを低減するための保護方策を検討します。
ISO 12100では、リスク低減の方法として、次の3段階の考え方が基本となります。(ISO)
ステップ1:本質的安全設計方策
最初に検討するのは、設計によって危険源を除去またはリスクを低減することです。
例えば、
- 危険なエネルギーを低減する
- 危険な速度を低減する
- 鋭利な部分をなくす
- 危険区域への接近を減らす
- 危険な工程を別の方法に変更する
などが考えられます。
重要なのは、「事故が起きた場合に守る」のではなく、「そもそも危険を発生させにくい機械にする」という考え方です。
ステップ2:安全防護および付加保護方策
設計だけでは十分にリスクを低減できない場合には、ガード、インターロック、ライトカーテンなどの安全防護方策を検討します。
非常停止機能も重要な安全機能の一つですが、非常停止はあらゆる危険を解決する万能な手段ではありません。
ISO 13850は機械の非常停止機能について規定していますが、非常停止によってリスクが低減されない機械などは、その適用について別途検討が必要です。
ステップ3:使用上の情報
本質的安全設計方策や安全防護方策を実施した後にも残るリスクについて、取扱説明書、警告表示、標識などによって使用者に情報を提供します。
ただし、警告表示や取扱説明書は、設計上の安全対策の代替として最初に選択するものではありません。
基本的には、設計によるリスク低減を優先し、それでも残るリスクについて適切な防護方策や使用上の情報を検討します。
7. 機械の表示灯の色にも規格がある
機械の操作部や表示灯については、IEC 60204-1などの規格で色の使用方法が規定されています。
例えば表示灯では、一般的に次のような意味で色が使用されます。
- 赤:非常・危険な状態
- 黄:異常状態
- 青:オペレーターによる行動が必要な状態
- 緑:正常状態
- 白:その他の状態
また、押しボタンなどのアクチュエータについては、表示灯とは別の色のルールがあります。
例えば、非常停止用アクチュエータには赤色を使用し、背景がある場合には黄色とすることがIEC 60204-1で規定されています。
したがって、「赤=危険、緑=安全」という一般的なイメージだけで機械の操作部を設計するのではなく、適用される規格を確認することが重要です。
8. 危険源から機害までを考える
機械安全では、「危険源がある」ことと「危害が発生する」ことを同じ意味として扱わないことが重要です。
例えば、鋭利なカッターがあるだけでは、必ず事故が発生するわけではありません。
一例として、次のような流れを考えることができます。
危険源
鋭利なカッターが存在する
↓
危険状態
作業者がカッターに接近する可能性がある
↓
危険事象
機械の予期しない動作や作業者の接触が発生する
↓
危害
切創などの身体的損傷が発生する
ISO 12100では、危険源、危険状態、危険事象、危害などを区別して考えることが重要になります。
この考え方を使うと、「危険な部品があるから危険」という単純な判断から一歩進み、「誰が、いつ、どのような状態で、どのような危険源にさらされ、どのような事象を経て危害に至る可能性があるのか」を具体的に分析できます。
9. まとめ:機械安全は「危険源をなくす」ことから始まる
機械安全の基本は、事故が発生した後に原因を探すことだけではありません。
機械の設計段階から、
「どのような危険源が存在するのか」
「誰が、どのような状況で危険源にさらされるのか」
「どのような危険事象が発生する可能性があるのか」
「発生した場合、どのような危害につながるのか」
を検討することが重要です。
ISO 12100では、危険源を検討するための代表的な分類として、機械的、電気的、熱的、騒音、振動、放射、材料・物質、人間工学、使用環境、危険源の組み合わせという10の分類が示されています。
そして、リスク低減では、
① 本質的安全設計方策
↓
② 安全防護および付加保護方策
↓
③ 使用上の情報
という順序で検討することが基本となります。
機械を見るときに、
「ここにはどのような危険源があるか?」
「その危険源によって、どのような危害が発生する可能性があるか?」
「人が危険源にさらされるのは、どの作業段階か?」
「設計そのものでリスクを低減できないか?」
と問いかけることが、機械安全を考えるための基本的な出発点になります。
安全とは、単に「事故が起きていない状態」を確認することではありません。
危険源を体系的に特定し、リスクを評価し、適切な保護方策によってリスクを低減していくこと。
それが、機械安全の基本的な考え方です。

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