機械安全|製造者と機械の詳細情報(EHSR 1.7.4.2)

機械を設計・製造・導入する際、「製造者情報」「機械名称・型式」などの基本的な表示・記載事項をおろそかにしてトラブルになる例は少なくありません。EHSR(Essential Health and Safety Requirements:機械指令の基本的な健康・安全要求事項)の 1.7.4.2 で定められた要件を中心に、現在の EU 規制動向や新しい Machinery Regulation(EU 2023/1230)への準備も見据えて、実務目線で使える解説をします。

EHSR 1.7.4.2 の要求内容

EHSR・機械指令の枠組み内での位置づけ

  • 機械指令 2006/42/EC の中の Annex I(付属書 I:基本的な安全・健康要求事項、いわゆる EHSR)には、「情報 (Information)」に関するセクションが存在し、取扱説明書(Instructions)や機械本体の表示事項に関する最低限の要件が規定されています。
  • 取扱説明書や表示事項は、機械を安全に使用・保守・修理するための重要なコミュニケーション手段であり、設計/製造者と使用者・保守者との責任関係を明確化する役割を持ちます。
  • 1.7.4.2 は、取扱説明書(マニュアル)に必ず含めなければならない情報項目を定めた条文で、a) 製造者情報、b) 機械の表示名称(型式等)といった基本情報が対象です。

1.2 原文条文と和訳例

原文(抜粋)
1.7.4.2 Contents of the instructions
Each instruction manual must contain, where applicable, at least the following information:
a) the business name and full address of the manufacturer and of his authorised representative;
b) the designation of the machinery as marked on the machinery itself, except for the serial number (see section 1.7.3);

和訳
1.7.4.2 取扱説明書に含むべき内容
各取扱説明書は、該当する場合において、少なくとも以下の情報を含まなければならない:
a) 製造者(および必要に応じてその委任代理人)の商号および完全な住所
b) 機械本体に表示された「機械の名称(designation)」すなわち型式やタイプを示す名称。ただし、シリアル番号自体はこの項目には含まない(シリアル番号は別の条項 1.7.3 に規定されている)。


なぜこの項目が重要か?リスクと実務観点からの意義

この「製造者情報/機械名称表示」の要件は、表面的には“書類上の義務”に見えますが、実務上には以下のような重要な意味があります:

意義内容
責任所在の明確化製造者ないし正当な代表者の氏名・住所を明示することで、製品不良・事故発生時に問い合わせ/責任追及できる先を明確にする。
トレーサビリティ型式・機械名称を示すことで、異なるバージョンや派生機種を区別でき、適切な保守部品や修理マニュアルを対応できるようにする。
法令適合性 / CE マーク要件CE 市場投入時の適合性宣言や機械指令適合性の根拠資料で、正しい製造者情報と機械識別情報が不可欠。
ユーザ安全および使用者支援使用者・保守者が、正しいマニュアルを参照できるよう機械バリエーションの識別性を持たせる。誤ったマニュアルを使った運用ミスを防ぐ。

逆に、これらの情報が不十分なために、誤ったマニュアル適用、問い合わせ先不明、適合性確認時の不備指摘などトラブルになるケースも現実にあります。


取扱説明書・銘板・適合宣言書における具体記載

以下は、EHSR 1.7.4.2 および関連条項に基づく、具体的な記載内容と注意点、実務で使えるヒントです。

製造者名称・完全な住所

  • 「商号(社名/法人名または個人名)+住所」の組み合わせが必須。
  • 住所は “郵便が届くレベル” で書くこと。すなわち、欧州市場を考慮するならその国語表記や通称表記、番地・市区町村・郵便番号・国名を明記すること。
  • 製造者が実際に所在しない国(例えば輸出元の国にしか拠点を持たない場合)、その国の「Authorized Representative(認定代理人)」を置き、その代表者情報を記載することも可能(かつ許可される場合)。
  • 取扱説明書、適合宣言書、銘板のいずれにおいても、製造者情報は同一表記で統一することが望ましい(表記ゆれがあると整合性・信頼性で突っ込まれる)。

機械の指定名称(Designation)/型式/タイプ

  • 取扱説明書には、本体銘板に記載される「機械名/型式名称」を記載。
  • 複数バリエーションがある機械(たとえば異なる出力、オプション仕様、モジュール構成違いなど)の場合、どの型式に本文中の仕様・注意事項が適用されるかを明示しておく。
  • 驚くべきことに、シリアル番号自体はこの条文では必須項目としては含まれていない(ただし別の条文で記載が求められる)
  • 型式・版数(バージョン)/製造年などの補足表示があると保守性・識別性が上がる。

その他、関連する取扱説明書要求項目との整合性

取扱説明書には、この 1.7.4.2 に加えて多数の安全・操作・保守に関する情報が要求されます(警告ラベル、安全手順、廃棄方法など)。Guide to the Application of the Machinery Directive(ガイド版)では、機械指令の説明と適用例が詳細に補足されています。

また、取扱説明書には spare parts(消耗/交換部品) に関する情報も含めるべき部分があります(1.7.4.2 の別項目 t)。GT Engineering の記事によれば、消耗部品の仕様を示すことが、「使用者の安全性維持」を目的とした範囲内では指令の要求とされる例もあるとの説明があります。


新しい規制・制度動向:Machinery Regulation(EU 2023/1230)への準備

2023年に EU は Machinery Regulation (EU) 2023/1230 を制定し、従来の機械指令(Directive 2006/42/EC)を置き換える枠組みが導入される予定です。

この新規則では、従来の取扱説明書/銘板/適合宣言書に加えて、次のような変化・拡張点があります:

規則化(Regulation 形式)になる意義

  • 新しい規則は 指令ではなく規則 (Regulation) であるため、EU 全加盟国で直接適用され、各国における実施形態(transposition)の齟齬リスクが低くなります。
  • ただし、旧指令 2006/42/EC は 2027年1月20日 まで有効であり、その日以降は新規則が全面的に適用されます。
  • 製造者は、2027年以降に EU 市場に投入する機械については、新規則の要件を満たす必要があります。

取扱説明書・情報表示に関する主な強化点

  • Machinery Regulation の下でも、機械・表示・情報に関する要件は引き続き重要視され、機械には「製造者名・住所」「型式・機械識別子(型番・シリーズ・版数等)」「製造年」などを「明確かつ耐久的に表示」することが求められるとする見解があります。
  • また、情報のデジタル化(デジタルマニュアル、QR コード、オンライン情報提供)を活用できる形での柔軟化が意図されており、従来の「紙面のみ」の制限が見直されつつあります。
  • さらに、新規則では機械の サイバーセキュリティ(cybersecurity) リスクも安全要件の一部と見なされ、ソフトウェアや通信機能を持つ機械であれば、操作ログや改変検知といったトレーサビリティ機能も求められる可能性があります。

過渡期間中の取り扱い

  • 2027年1月20日までは、旧指令 2006/42/EC に従う義務が継続します。ただし、製造者は宣言書上「本機械は機械指令適合であるとともに機械規則も適合可能」などと明記することが可能です。
  • 新規則導入後、改良やモデル更新を行う際には、新規則の要求を考慮した設計見直しを行うべきです。

拡張された最適実務案:取扱説明書設計方針/チェックリスト(拡張版)

以下は、EHSR 従来要件+現行新規則見据えた設計方針案と、拡張チェックリストです。

設計方針(原則)

  • 情報は「明確・簡潔・矛盾なく」:製造者情報や機械識別情報は全ドキュメントで揃え、表記ゆれを避ける
  • 耐久表示:銘板表示は消えにくい彫刻・刻印方式、紙印刷表示は耐久性を配慮
  • 情報構造化:複数バリエーション機械には、型番別対応表や章立て表示を入れる
  • デジタル併用:オンラインマニュアル、QR コード、デジタルラベル併用を検討
  • 将来性対応:将来の改良・更新に対応しやすい改訂管理方針を含めておく
  • セキュリティ・ソフトウェア対応:通信機能を持つ機械ではログ・改ざん検知機能・バージョン管理機能を前提とした設計

拡張チェックリスト(取扱説明書・銘板・宣言書に関して)

  1. 製造者・代表者情報
     ☐ 製造者名(法人/個人名)が正式表記されている
     ☐ 完全な住所(番地・市町村・郵便番号・国名)が記載されている
     ☐ 英語圏等多国展開する機械では現地の言語表記も検討
     ☐ 必要なら認定代理人(Authorized Representative)名・住所が明記されている
  2. 機械識別情報
     ☐ 機械名称/型式(designation)が本体銘板表示と一致している
     ☐ バリエーション別仕様を明示(どの型番にどの仕様が対応するか)
     ☐ 製造年・版数・シリーズ番号を併記(可能であれば)
     ☐ シリアル番号表示も別途必須条文に従って記載
  3. 表示の物理耐久性
     ☐ 銘板表示は耐候性・耐久性の高い刻印・彫刻形式である
     ☐ 印刷表示は耐摩耗/耐湿性インクまたは被覆措置を講じる
     ☐ QR コードやラベル併用時、物理表示(紙ではない)を補完する方式を持たせる
  4. 取扱説明書内容との整合性
     ☐ すべてのマニュアルに、製造者/型式表記が一致している
     ☐ 複数機種共通部を使う場合、章立てや型番対応表で差異を明示
     ☐ 消耗部品仕様、保守部品番号、交換手順の情報を明記(安全維持のため)
     ☐ マニュアルの言語:使用国の公用語または理解可能な言語での版を提供
  5. 将来・改良対応
     ☐ マニュアル改訂履歴を記載
     ☐ 将来の拡張/追加モジュール対応欄を設ける
     ☐ デジタル併用:オンラインマニュアル URL、QR コードを併記
     ☐ 通信機能やソフトウェア機能を持つ機械の場合、ログ機能・ソフト更新方法・改ざん検知機能の概要を明示
  6. 法制度・適合性明示
     ☐ CE マーキングおよび適合宣言書 (Declaration of Conformity) との整合性
     ☐ 取扱説明書上に「この機械は機械指令 2006/42/EC に適合する」「将来的に機械規則 2023/1230 に対応可能」など文言を入れる(適宜)
     ☐ 規制変更(新規則導入)を見据えた準備を設計・表示設計に反映

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