はじめに
機械設計に携わる設計技術者の皆さま、安全性は設計品質と同じくらい重要な評価軸です。厚生労働省が定める「設計・製造段階のリスクアセスメントとリスク低減策」の教育内容をもとに、実務で役立つ手法をわかりやすくご紹介します。
リスクアセスメントの意義と手続き
法的・教育的背景
厚生労働省の「設計技術者向け 機械安全教育カリキュラム」では、設計・製造段階におけるリスクアセスメントとリスク低減措置が重視されています。
この取り組みは、産業現場での機械災害防止に向けた法令および指針に基づくもので、設計者が一定の安全知識を有して実施することが求められています。
リスクアセスメントの工程
ISOやISO/IECの国際規格でも定義されるプロセス(ISO 12100に準拠):
- 危険源の同定
機械の使用や操作、保守などのライフサイクル全体において「どのような危険源があるか」を網羅的に洗い出します。 - リスク見積り・評価
それぞれの危険がもたらす発生可能性と重大性を組み合わせ、リスクレベルを分類(例:I, II, III等)します。初回は既存の安全対策なしで評価し、それが適切かを確認します。 - リスク低減策の検討と実施
「リスクを低減するための措置」を検討し、実施の優先度を整理します。ALARP(As Low As Reasonably Practicable)の考え方も取り入れられます。
リスク低減の「3ステップメソッド」
ISO 12100が提唱する、最も望ましいリスク低減の順序に基づく手法です。
ステップ1:本質的安全設計方策
定義
本質的安全設計方策とは、機械包括安全指針第1の3(3)にある通り、
「ガードや保護装置を使用せず、機械の設計または運転特性を変更することによる保護方策」
を指します。具体例として、鋭利な端部をなくす、有害性のない物質を使用する、などがあります。詳細は平成19年7月31日付「指針の解説通達」や、JIS B 9700:2013 6.2に規定されています。
本質的安全設計方策は目的別に大別すると以下の2つです。
- 危険源そのものを除去・低減する設計手法
- 作業者が危険区域に入る必然性・頻度を低減する手法
1. 危険源そのものを除去・低減する手法
(1) 機構的手段
- 突出部や鋭利部の除去(端部を丸める、ボルト頭を埋め込む)
- 可動部と開口部の間隔を適切化し押しつぶし・せん断を防止
- 広いすきま:JIS B 9711:2002
- 狭いすきま:JIS B 9718:2013
- 死角のない機械形状設計
※死角防止は基本原則ですが、最終的に人の確認に依存する部分は補助策との併用が望ましい。
(2) 作動エネルギーの低減
- 必要最小限の作動力に制限
- 可動部の質量・速度の低減
- 動力電源を50V以下に制限
※力・エネルギーを危害が及ばない程度まで低減すれば、危険源自体が消滅します。過大な機械は慣性増大や停止遅延により危険性が高まるため注意。
(3) 設計技術・材料選定の活用
- 機械的応力の検討
- 材料の経年変化・摩耗・腐食・脆性破壊・有害成分飛散の考慮
- 騒音・振動・危険物飛散・放射線漏えいの抑制
※JIS B 9700:2013 6.2.3、ISO13849-2附属書A参照。正常機能を維持することは、作業者が危険区域に入る必然性を低減します。
(4) 安全技術・動力源の使用
- 爆発性雰囲気で本質安全防爆構造の機器を採用
- 油圧設備に難燃・非毒性作動液を使用
- 高騒音回避のため空圧装置を電気装置へ置換、水切断の活用
- 感電防止のため直接・間接接触保護
- 操作電源にPELV(DC24Vなど)を使用
(5) 機械の据え付け安定性
- 転倒・部品落下防止設計(通常使用時)
- 輸送・組立・設置・解体時も同様の配慮
(6) ヒューマンファクター配慮
- 作業姿勢・動作のストレス回避
- 振動・騒音・極端な温度の回避
- 誤操作防止設計(操作方向・押ボタン対応、表示器の視認性・解釈性)
- 大型設備では周囲の視認性確保、警報信号設置
(7) 制御システムの本質的安全設計
- 電源投入だけで可動部起動不可
- 危険時には電圧遮断で停止・減速
- 不意再起動防止、エネルギー供給変動時の危険防止
- フェールセーフ、冗長化、自動監視
- プログラム書換え制限、運転モードの安全管理
- 停止・隔離原則に反する場合は、イネーブル装置等で速度・作動力制限
(8) 油圧・空圧機器の安全設計
- 最大許容圧力超過防止
- 圧力抜けでも危険状態にならない構造
- 接続緩みで流体噴出防止
- 圧力容器設計規則適合、圧抜き装置設置
※JIS B 8361:2013(油圧)、JIS B 8370:2013(空圧)参照。ISO13849-2附属書B・Cでも基本安全原則が示される。
2. 作業者が危険区域に入る必然性・頻度を低減する手法
(1) 信頼性向上
- 信頼性の高い部品使用で機械の長期安定性確保
→ 異常時に危険源に近づく必要を低減
(2) ワーク供給・取出作業の自動化
- 自動供給・排出装置、ロボットハンド活用
→ 作業者が危険源に近づく必要を低減
(3) 保全作業の安全設計
- 危険区域外から点検・給油・清掃・調整・修理可能にする
- 足場・階段・手摺りは付加保護方策として補助的に使用
- 高所作業を地上操作や遠隔操作に変更することで本質安全化
優先順位(機械包括安全指針別表第2 15(2))
- ガードや安全防護を解除せず作業可能
- 必要な場合は機械停止状態で作業
- 停止不可の場合はイネーブル装置・ホールド・ツゥ・ラン制御で作動制限
ステップ2:安全防護と付加保護方策
1. 安全防護の目的
- 危険源から作業者を守るための方策。
- 本質的安全設計方策で除去できないリスクに対して、リスク低減のために実施。
- 方策の種類は大きく2つ:
- 空間的隔離(隔離の原則):ガードによって人と危険源を物理的に分離。
- 時間的隔離(停止の原則):保護装置によって危険源への接近時に機械を停止。
2. 安全防護領域の設定
- 危険源の最大動作範囲や人体の接近距離を考慮して設定。
- 関連JIS規格:
- JIS B 9711:2002:はさまれ防止距離(上肢・下肢)
- JIS B 9718:2013:危険区域への上肢・下肢到達距離
- JIS B 9715:2013:人体接近速度に基づく安全距離
- ガードと危険源の間に適切な安全距離を確保。
3. ガードの種類と機能
(1) 固定式ガード
- 工具なしでは取り外せない、恒久的に固定されたガード。
- 種類:
- 囲いガード:危険部分を完全に囲む
- 距離ガード:危険源と安全防護領域の間に設置
- 開口部の寸法は人体が危険源に接触しないようにJIS B 9718参照。
(2) 可動式ガード
- 工具なしで開閉可能なガード。
- 特徴:
- 動力伝達部にはヒンジ式の可動ガードを使用。
- インターロック付きガード:開くと機械が停止。
- 慣性が大きい場合は施錠式インターロックで安全停止を確認してから解錠。
- 関連規格:
- JIS B 9710:2006:インターロック装置設計・選択の原則
(3) 制御式ガード
- 起動機能インターロック式ガード。
- ガード閉鎖状態で定められた条件を満たす場合のみ機械起動。
(4) 調整式ガード
- 危険区域を完全に囲えない場合、露出部分を最小限に抑える手段。
- 使用は限定的。
4. 保護装置の種類と機能
- 目的:危険源から人を時間的に隔離。
- 危険接近を検知し、機械の運転許可信号をオフ、または停止信号オンで制御。
(1) 光線式安全装置(ライトカーテン)
- 投光器・受光器間の光が遮断されると運転停止。
- 透過型/反射型あり。
- JIS B 9715に基づき安全距離の確認が必要。
(2) スキャナ装置
- レーザー光で扇形範囲をスキャン、人や物体の侵入を検知。
- 安全距離・範囲を設定可能。
(3) マットスイッチ
- 人体や物体がマット上に乗ると停止。
- 2線式/4線式あり。4線式は断線検知可能。
(4) トリップワイヤ・トリップバー
- ワイヤやバーに接触すると機械停止。
- 両端にスイッチを取り付け確実な作動を保証。
(5) イネーブル装置
- 押し続けている間だけ他の操作が可能。
- 手を離すと機械停止。
(6) ホールド・ツゥ・ラン制御装置
- 押している間だけ機械運転、手を離すと停止。
- 寸動ボタンとは異なり、動作量が押下時間に比例。
(7) 両手操作制御装置
- 両手操作時のみ機械起動。
- 危険部分への接近を防ぎ、作業者自身の安全確保。
5. ガード・保護装置に求められる要求事項
- 頑丈で新たな危険を生じない
- バイパスや無効化が容易でない
- 危険区域から適切な距離に配置
- 生産工程の視界を妨げない
- 必要作業領域に接近可能
- 可能であれば、工具不要で取り外し・保全作業が可能
- 無効化される動機(生産性低下や操作困難など)が生じないよう設計
ステップ3:使用上の情報
1. 定義
- 使用上の情報:安全かつ正しい機械使用を確実にするために、製造者等が提供する指示や情報。
- 提供方法:
- 標識・警告表示の貼付
- 信号装置・警報装置の設置
- 取扱説明書等の交付
(機械包括安全指針 第2の3の(6)、別表第5、解説通達10参照)
2. 法的根拠
- 労働安全衛生規則 第24条の13
→ 機械メーカー・輸入業者は、ユーザーに危険情報の提供を行う義務がある。
3. 使用上の情報と安全装置の違い
- 警報装置(サイレン、ブザー、回転灯等)
- 危険状態を労働者に知らせるもの。
- 安全装置ではなく、「使用上の情報」の一種。
- 発動しても、労働者が気づき、回避行動を取ることで初めて有効。
- 注意点:
- 労働者が気づかない場合、あるいは自分に関係ないと誤認した場合は回避されない。
- したがって、安全を完全に保証するものではなく不確実な方策である。
4. 重要な原則
- 使用上の情報は他の安全方策を代替できない
- 本質的安全設計方策、安全防護、付加保護方策を補うものであり、代替ではない。
- 情報だけに頼らず、物理的・制御的な安全対策が基本。
実務に役立つポイント
- 記録の残し方:誰が・いつ・どのように評価したかを記録し、改訂履歴も明記。
- PDCAサイクル:設計後の変更があれば、再リスク評価を実施。
- 教育と周知:関係者に情報を確実に伝達し、現場で理解されているか確認。
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