EU Cyber Resilience Act(CRA):デジタル製品の“セキュリティ設計”の義務化

CEマーキング

背景:なぜEUが製品のサイバーセキュリティを強化するのか?

近年、IoT家電から産業用制御システムまで、「ネットに接続可能な製品」=デジタル要素を含む製品が社会の隅々に普及しました。ベビーモニターや家庭用ルーター、監視カメラといった製品は便利さを提供する一方で、セキュリティ対策が十分でないケースが目立ちます。

実際、EUでは過去数年にわたり以下のような事例が報告されています:

  • 初期設定パスワードが公開されており、簡単に外部から侵入可能だった家庭用IoT機器
  • 脆弱性修正が行われず、数百万台規模でボットネットに組み込まれたルーター
  • 工場のPLC(制御装置)が標的型攻撃を受け、生産ラインが停止したケース

これらは個人の安全や企業の事業継続に深刻なリスクを与えるだけでなく、EU域内の経済全体の信頼性を揺るがしかねません。そのためEUは、従来の製品安全規制(CEマーキング制度)に「サイバーセキュリティ」の観点を本格的に組み込みました。


Cyber Resilience Act(CRA)とは?

正式名称:Regulation (EU) 2024/2847

  • 制定:2024年10月23日
  • 施行:2024年11月12日
  • 完全適用:2027年12月11日

対象は「デジタル要素を有する製品」。つまり、ネットワークに接続可能なハードウェアやソフトウェア全般が含まれます。

一方、すでに独自の法規制がある分野(例:医療機器、自動車、航空関連)はCRAの対象外です。これは二重規制を避けるためです。

CRAの目的はシンプルですが強力です。
👉 「製品のセキュリティを設計段階からライフサイクル終了まで一貫して担保すること」


主な要件と対策の流れ

a) セキュリティ設計(Secure by Design)

  • 設計段階でリスク分析を行い、必要な安全要件を製品に組み込むことが必須。
  • セキュリティ更新は自動化が推奨され、機能追加とは切り離して提供することが望ましい。
  • 例:家庭用ルーターに「自動セキュリティパッチ適用機能」を実装。

b) ライフサイクル対応義務

  • 製品販売後も、少なくとも10年間または想定サポート期間中は、セキュリティ更新と脆弱性対応を行う必要あり。
  • ドキュメント作成・保持も必須。ユーザーや監督機関に対して説明可能であることが求められる。

c) インシデント対応と報告義務

  • 製品の脆弱性やセキュリティインシデントを認識した場合、24時間以内にENISA(欧州ネットワーク情報セキュリティ庁)などに報告する義務。
  • 報告の遅れは規制違反とみなされ、罰金の可能性あり。

d) CEマーク付与と適合評価

  • CRAに適合することを証明するために、CEマークが必須。
  • 自己適合評価や技術文書の準備が必要。重大リスク製品では第三者評価も課される。

e) 製品カテゴリ別対応レベル

  • 一般製品(全体の約90%):自己評価で対応可能。
  • 重要製品・重大製品(Critical):第三者認証やより厳格な監査を必要とする。

製造業社への影響と課題

  1. 長期サポート負担
    産業機器やPLCは20〜30年の稼働を想定されるため、「最低10年のサポート」は必須条件に過ぎず、実態との乖離が大きい。
  2. 小規模企業への影響
    24時間以内の報告体制を維持するには、専任チームやSOC(セキュリティオペレーションセンター)運用が必要。これは中小企業には大きな負担。
  3. オープンソースソフトウェア(OSS)への波及
    当初、OSS開発者に過剰な義務が課される懸念があったが、「オープンソース・スチュワード」という中間管理主体の導入で緩和。しかし依然として議論は続く。

日本企業が直面するリスクと備えるべきポイント

  • 輸出製品への影響:EU市場向けのデジタル製品はCRA準拠が必須となり、非対応なら販売不可。
  • 法務・契約対応:現地子会社や代理店との契約で、インシデント報告義務やサポート期間を明確に定める必要がある。
  • 教育と体制整備:開発者へのセキュリティ教育、セキュア開発ライフサイクル(SDLC)の導入が急務。
  • 競争優位のチャンス:セキュリティ設計を前提とした製品は信頼性が高まり、グローバル市場で差別化要素となる。

まとめ

項目内容
適用開始2024-11-12施行、2027-12-11完全適用
対象ネット接続可能な全てのデジタル製品
主な義務設計時のセキュリティ組込み、10年間サポート、インシデント報告、CEマーキング
主な課題長寿命製品対応、小規模企業の負担、OSSへの影響

結論

EUのCyber Resilience Actは、単なる規制ではなく、「製品の安全性(セキュリティ)」を製品ライフサイクル全体で保証させる枠組みです。

2027年の完全施行を前に、企業は以下の準備を進める必要があります:

  • セキュリティ設計体制の確立
  • 脆弱性対応と長期サポート計画
  • インシデント報告体制(24時間以内)
  • 人材育成と法務対応

MSDコンサルタント

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