産業機械メーカーの技術者が知っておきたい「経済安全保障」

つぶやき

「経済安全保障」は法務部だけの話ではない

「経済安全保障」と聞くと、政府や大企業の話、あるいは法務部門が対応するものだと思う人が多いかもしれません。しかし産業機械メーカーで働く技術者にとって、これは決して遠い世界の話ではありません。

機械に組み込む半導体やモーター、センサー、制御機器。海外から仕入れる原材料。海外企業への技術提供や、海外工場へ渡す設計データ。輸出する機械の仕様や用途。こうした日々の業務のひとつひとつが、実は経済安全保障と地続きになっています。

設計者がどの部品を選ぶか、購買担当がどのサプライヤーを選ぶか、営業がどんな海外案件を受けるか、情報システム部門がどんなクラウドを使うか。こうした現場の判断が、そのまま経済安全保障上のリスクにつながることがあるのです。

そもそも経済安全保障とは何か

一言でいえば、「経済活動が止められたり、重要な技術や情報が流出したりすることで、企業や国の基盤が脅かされるのを防ぐ」という考え方です。

たとえば、ある機械メーカーが特定の国からしか調達できない部品に頼っていたとします。その国との関係が悪化すれば、輸出規制や物流の停止によって部品が入らなくなるかもしれません。部品が入らなければ機械を作れず、顧客に納入できず、結果として顧客側の生産まで止まってしまう。こうした連鎖が現実に起こり得ます。

逆に、日本企業が持つ重要な技術が海外へ流出し、それが軍事目的に転用されるといったリスクもあります。つまり経済安全保障には、「重要なものを安定して確保すること」と「重要な技術や情報を適切に管理すること」という、大きく二つの側面があるのです。

経済安全保障推進法が定める5つの仕組み

2026年現在、経済安全保障推進法には5つの制度があります。重要物資の安定供給の確保、基幹インフラの安定的な提供の確保、先端的な重要技術の開発支援、特許出願の非公開、そして2026年の改正で新たに加わった経済安保海外事業促進制度(OESA)です。

ただし注意したいのは、経済安全保障がこの5制度だけで完結するわけではないという点です。産業機械メーカーにとっては、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく「安全保障貿易管理」も非常に重要です。海外へ機械を輸出したり、外国企業に設計図やソフトウェア、技術情報を渡したりする際には、この規制も確認する必要があります。技術者としては、経済安全保障推進法と外為法による貿易管理を、セットで理解しておくとよいでしょう。

重要物資の安定供給という視点

産業機械メーカーにとって最も身近なのが、この「重要物資の安定供給」の考え方です。半導体やセンサー、電源装置、通信機器といった部品について、供給が特定の国や企業に偏りすぎていないかを見直す必要があります。

ここで大切なのは、単純に「日本製か外国製か」を問うことではなく、「代替できるかどうか」という視点です。特定メーカーの部品しか使えない設計であれば、供給が止まったときのリスクは大きくなります。一方で、別のメーカーの部品にも切り替えられる設計になっていれば、リスクは小さくなります。したがって設計の初期段階から、代替可能な構造を意識しておくことが、そのまま経済安全保障への備えになります。

基幹インフラとサイバーセキュリティ

電力や通信、金融、航空、鉄道といった社会の基盤を支えるインフラを安定して運用するための制度もあります。産業機械メーカーにとって重要なのは、自社がインフラ事業者であるかどうかだけでなく、インフラ事業者に設備を納入する立場になる場合があるということです。

納入する設備にPLCや産業用コンピューター、ネットワーク機器、遠隔保守システムが含まれる場合、機械そのものだけでなく、それを制御するシステムの安全性も問われます。外部から遠隔操作できる構成になっていないか、保守用アカウントは適切に管理されているか、海外からアクセス可能な状態になっていないか。従来の「機械安全」に加えて、「サイバーセキュリティ」という視点が求められる時代になっています。

先端技術の管理と特許の非公開

もう一つ関わってくるのが、先端的な重要技術を国内に蓄積し、官民で研究開発を進める制度です。ロボットや半導体、センシング技術、サイバーセキュリティなどが対象になり得ます。研究開発の過程では海外企業との共同研究や海外大学との連携が発生しますが、そこでは「誰に、どの情報を、どこまで提供するのか」を常に意識する必要があります。

また、通常は新しい発明があれば特許として出願し、権利化するのが一般的です。しかし安全保障上きわめて重要な発明については、特許として公開すること自体がリスクになる場合があり、出願を非公開とする制度が用意されています。すべての高度な技術が対象になるわけではありませんが、「この技術は安全保障上、特別な確認が必要ではないか」という視点を持つことが大切です。

海外との連携を続けるためのOESA

2026年の法改正で新設されたOESAは、「海外から撤退する」ための制度ではありません。むしろ「信頼できる国や地域と連携しながら、海外にも安定した供給網を築く」ための仕組みです。

たとえばある部品を日本国内だけで生産していると、国内で災害が起きたときに供給が止まってしまいます。かといって海外の一国だけに生産を集中させると、今度は地政学的なリスクが高まります。そこで日本と、信頼できる複数の海外拠点とに生産を分散させるという発想が重要になります。目指すべきは海外依存をゼロにすることではなく、一つの国や企業に依存しすぎない体制をつくることです。

見落とされがちな安全保障貿易管理

ここまでが経済安全保障推進法に基づく5つの制度ですが、産業機械メーカーの実務でもう一つ避けて通れないのが、外為法に基づく安全保障貿易管理です。機械そのものの輸出だけでなく、図面の海外送付やCADデータの提供、PLCプログラムや制御ソフトウェアの提供、海外拠点への技術指導や共同開発なども対象になります。

規制には大きく「リスト規制」と「キャッチオール規制」があります。リスト規制は、貨物や技術があらかじめ定められた仕様に該当する場合、仕向地を問わず事前の許可が必要になるというものです。一方キャッチオール規制は、リスト規制の対象外であっても、用途や取引相手によっては大量破壊兵器などへの転用が懸念される場合に許可が必要になるというものです。つまり「規制対象品ではないから輸出しても問題ない」とは限らない点に、注意が必要です。

設計段階で確認しておきたいこと

こうした話を、法律の専門用語のままにしておくと、現場の設計者にはなかなか実感が湧きません。そこで、設計レビューの中でチェックできる形に置き換えてみます。

供給が止まると製造できなくなる重要部品を把握しているか。特定メーカーへの依存度が高すぎないか。代替部品を使える設計になっているか。サプライヤーの実際の製造拠点はどこか。遠隔保守やクラウド経由で海外から機械にアクセスできる構成になっていないか。CADデータやPLCプログラムといった技術情報を適切に管理できているか。海外拠点や海外顧客への技術提供の状況を把握しているか。機械や部品、ソフトウェアについて輸出管理上の該非判定を行っているか。最終的な用途や取引相手を確認しているか。そして、部品や性能を変更した際に、これらの判定を都度見直しているか。

こうした問いを一つずつ確認していくこと自体が、経済安全保障への対策になります。

安全設計との共通点

技術者にとって興味深いのは、経済安全保障と、これまで慣れ親しんできた安全設計の考え方が、よく似ているという点です。

安全設計では「この機械が壊れたらどうなるか」「人が誤操作したらどうなるか」「安全装置が故障したらどうなるか」を考えます。経済安全保障でも同じように、「この部品が入らなくなったらどうなるか」「このサプライヤーが止まったらどうなるか」「設計データが流出したらどうなるか」「制御システムがサイバー攻撃を受けたらどうなるか」を考えます。

つまりどちらも、「正常に動くこと」だけでなく、「異常が起きたときにも事業を続けられること」を前提に設計する、という発想が共通しているのです。この視点を、通常の設計レビューにも組み込んでいくことが、これからの産業機械メーカーには求められていくでしょう。

まとめ

経済安全保障は、政府や法務部門だけが考えればよい話ではありません。何を設計するか、どの部品を使うか、どこから購入するか、誰に技術を提供するか、どの国へ輸出するか、機械をどうネットワークにつなぐか。こうした技術者の日常的な判断の積み重ねが、そのまま経済安全保障につながっています。

2026年現在、経済安全保障推進法は重要物資、基幹インフラ、重要技術、特許、海外事業という5つの方向から経済の基盤を守る仕組みになっています。そして産業機械メーカーにとっては、これに加えて外為法による安全保障貿易管理を理解しておくことが欠かせません。輸出だけでなく、図面やCADデータ、ソフトウェア、技術指導といった「技術の提供」もまた、管理の対象になり得るからです。

経済安全保障を一言でまとめるなら、「重要なものを、必要なときに、必要な場所へ、安定して届けられる状態を維持すること」と言えるでしょう。そして技術者の仕事に置き換えるなら、「止まる原因、奪われる原因、流出する原因、使えなくなる原因を、設計段階からあらかじめ減らしておくこと」になります。これは従来の安全設計や品質保証と同じように、これからの機械設計に求められる、新しいリスク管理のひとつになっていくはずです.

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