まず初めにこの事件の概要を 失敗事例 > 自動車ピントの衝突火災(リンク)から紹介します。
米国フォード社は、新しいサブコンパクトカー「ピント」を25ヶ月という短期間の開発で(通常は43ヶ月)、1971年に市場導入した。 1972年、高速道路で突然エンストして停車したフォード社の乗用車ピントが、約50km/hの速度で走ってきた後続車に追突されて炎上し、運転者が死亡、同乗者が重度の火傷を負う事故が発生した。
車両後部に配置された燃料タンクが、追突時に前方に押し出されてデファレンシャル・ハウジングにぶつかって破損し、その破損したタンクから漏れ出たガソリンが隙間を伝って車室内に流入し、後続車の追突でこのガソリンに引火し火災を引き起こした。
1. 事件の概要
1970年代初頭、米国フォード社が開発した小型車「ピント」は、開発期間を大幅に短縮して市場投入されました。しかしその設計には致命的な欠陥があり、後部衝突時に燃料タンクが破損・炎上する事故が多発しました。
被害者側は「安全性への十分な配慮を欠いたまま製造された欠陥車である」として、フォード社に対し製造物責任訴訟を提起します。訴訟の過程で、衝撃的な社内資料の存在が明らかになりました。
「市場に出回っている欠陥車をすべて回収して安全対策を施すよりも、火傷や死亡事故の被害者に賠償金を支払う方が経済的に有利である」
この文書は、「人命の価値を金銭で換算した」と受け止められ、陪審員の強い怒りを買いました。その結果、フォード社には1億2,500万ドルもの懲罰的賠償金が命じられました。
2. 論点:費用便益分析の是非
経済学や経営学では「費用便益分析(Cost-Benefit Analysis)」という手法があります。これは、投入するコストに対して得られる効果や利益を比較し、最も合理的な選択を行うための考え方です。
一見すると理にかなっているように思えます。しかし、フォード社のケースでは「コスト」と「命の価値」が同じ土俵に置かれたことで、倫理的な問題が顕在化しました。経済合理性だけで判断した場合、「命より利益が優先されうる」という結論に至ってしまったのでした。
3. 現代への教訓
この事件は、以下の教訓を私たちに次の教訓を与えています。
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設計段階からの安全重視
燃料タンクの配置や構造など、事故時の安全性を確保するためには、多少コストが上がっても安全を優先すべきです。 -
透明性あるリスク管理
内部資料や分析は、公開されても説明できる水準で作成し、社会に対する説明責任を果たすことが求められます。 -
倫理を含めた意思決定
経済分析だけではなく、「倫理的な許容範囲」という基準を意思決定プロセスに組み込む必要があります。
4. 筆者の見解
私は、この事件を「リコール費用と被害者への賠償額を比較して判断した結果、社会がそれを容認しなかった事例」と捉えています。
そのため、「合理的に実行可能なリスク低減方策の水準」を考える際に使われる費用便益分析――安全にかけるコストと得られる機能・利便性を天秤にかける手法――に対しては強い違和感を覚えます。人命や安全は、単なるコスト項目として計算されるべきではないからです。
5. 結論
フォード・ピント事件は、企業が経済合理性だけで意思決定を行った場合、どれほど深刻な社会的・法的影響を受けるかを示した象徴的な事例です。
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