IoT機器やスマート家電の普及により、セキュリティインシデント(サイバー攻撃や情報漏えい)の被害は年々増加しています。こうした状況を受け、EU(欧州連合)では「サイバーレジリエンス法(CRA:Cyber Resilience Act)」が制定されました。
CRAは、IoTデバイスやソフトウェアを扱う企業に対して、製品設計・運用・セキュリティ対応・インシデント報告など幅広い義務を課すものです。この記事では、CRAに準拠した「インシデント対応プロセス」を、法律・ガイドライン・実務ポイントを交えながら、解説します。
CRAの最新動向と法規制状況
まずは押さえておきたい最新情報です。
項目 | 最新情報 |
---|---|
CRA発効日 | 2024年12月11日発効。 |
CRAの完全適用日 | 主な義務は 2027年12月11日 より全面適用。 |
インシデント報告義務の開始 | 2026年9月11日 より、「重大なインシデント(severe incident)」および「積極的に悪用されている脆弱性(actively exploited vulnerability)」の報告義務が発動。 |
遵守対象 | EU内で市場に出されるすべての「デジタル要素を有する製品 (Products with Digital Elements)」。IoTデバイス、ソフトウェア、リモートデータ処理も含む。医療機器・航空等、既存の規制でカバーされる製品は対象外の場合あり。 |
👉 特に重要なのは、2026年9月から「重大なインシデント」や「悪用中の脆弱性」は報告義務が発生するという点です。
CRAにおけるインシデント対応プロセスの全体像
CRAでは、以下の流れに沿ってインシデント対応を行うことが求められます。
- 検知・特定(問題を見つける)
- 初期評価(深刻度を判断)
- 報告(当局・関係機関へ通知)
- 緩和策の実施(被害を最小化する)
- 文書化・原因分析(再発防止)
- ユーザー通知と透明性(信頼維持)
では、各ステップをわかりやすく解説します。
インシデントの検知・特定(Detection / Identification)
問題を見つける手段には次のようなものがあります:
- 製品のログや監視ツールによる異常検知
- ユーザーからの不具合報告
- 外部専門家によるペネトレーションテスト
- 公開されている脆弱性情報(CERT・CSIRT・脆弱性DBなど)
特に重要なのは、「すでに攻撃に使われている脆弱性(actively exploited vulnerability)」の情報を常に収集しておくことです。これを放置すると被害が一気に広がるリスクがあります。
初期評価(Initial Triage)
見つけた問題が「どの程度深刻か」を判断します。
評価ポイントは以下の通り:
- 機能への影響:製品が正しく動かなくなるか
- 安全性:ユーザーの身体や財産に危険があるか
- プライバシー:個人情報が漏れるか
- サービスの継続性:停止・中断が発生するか
- 影響範囲:一部ユーザーか、大規模か
- 防御策の有効性:既存対策で防げるか
この評価によって「重大なインシデント」かどうかを判定し、次のステップでの報告義務が発生します。
報告義務とタイムライン(Notification Obligations & Timelines)
CRAでは、重大インシデントや悪用中の脆弱性が発生した場合、企業には厳格な報告タイムラインが課されます。
種類 | 初期通知 | 詳細通知 | 最終報告 |
---|---|---|---|
Severe Incident / Actively Exploited Vulnerability | 24時間以内にENISA & 各国CSIRTへ通知 | 72時間以内に影響範囲や初期対応を報告 | ・悪用中脆弱性 → 14日以内に最終報告 ・重大インシデント → 1か月以内に完全報告 |
👉 2026年9月以降に市場投入された製品には、この報告義務が適用されます。
緩和策と対応(Mitigation / Containment / Resolution)
報告だけでは不十分です。被害を最小化するため、以下の対応が必要です。
- 脆弱性修正やパッチ提供
- ユーザー向けの緩和策案内(設定変更・遮断方法など)
- 安全なソフトウェアアップデート機能の提供
文書化・根本原因分析(Documentation & Root Cause Analysis)
すべての対応プロセスを記録し、原因を特定します。
- 発生から解決までのログ
- 技術的な原因と再発防止策
- ユーザー通知履歴や最終報告書
これにより、今後のインシデント防止や監査対応にも備えられます。
通知と透明性(User / Stakeholder Notification & Transparency)
インシデント対応では「隠さない」姿勢が重要です。
- ユーザーにわかりやすく影響と対応策を通知
- 当局報告には緩和策とリスク評価を含める
- CEマークや適合宣言(Declaration of Conformity)の維持にもつながる
まとめ
CRAの施行により、インシデント対応は単なる「セキュリティ担当の仕事」ではなく、法令遵守・ブランド価値維持・ユーザー信頼確保に直結する課題になります。
企業が今から準備すべきことは:
- 2026年9月の報告義務に備える
- 法務・セキュリティ・広報など部門横断での対応体制を整える
- インシデント対応フローと証跡(ログ・報告書・通知履歴)を整備する
これを実践すれば、IoT製品の競争力を保ちながら、ユーザー保護と法令遵守を両立できるでしょう。
✍️ MSDコンサルティング
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