はじめに
機械安全の分野では、EU機械指令2006/42/ECに基づく Essential Health and Safety Requirements(EHSRs:本質的健康・安全要求事項) が重要な基準となります。その中でも 1.5.5「極端な温度(Extreme temperatures)」 は、設計者や使用者にとって身近でありながら、見落とされがちなリスク領域です。
「高温」や「低温」は、製造現場の火傷や凍傷といった直接的な人体被害だけでなく、材料の性質変化、爆発・火災、紫外線被曝など幅広い危険を引き起こす可能性があります。この記事では、その規格要求と実務的な対応策を詳しく解説します。
EHSR 1.5.5の要求事項
規格本文では次のように述べられています。
「高温または非常に低温の機械類の部品および材料への接触・接近による傷害のリスクを除去するための対策を講じなければならない。必要な対策は、高温または非常に低温の排出材料によるリスクに対しての回避または防護を検討しなければならない。」
(参考:国際安全衛生センター訳)
つまり、設計段階で 「人が触れる可能性のある部分や材料が、極端な温度によって危険にならないようにすること」 が要求されています。
極端な温度がもたらす具体的リスク
1. 高温表面との接触
- 例:金属部品が稼働中に200℃以上に加熱され、作業員が誤って接触 → 火傷事故
- 対策:断熱カバー、耐熱手袋、警告ラベル
2. 低温による凍傷・材料脆化
- 例:液化ガス設備の配管(-196℃付近)が露出 → 作業員の皮膚が瞬時に凍結
- 対策:保温材での覆い、低温専用防護具、凍結警告標識
3. 熱放射・紫外線
- 例:溶接作業時の強光やUV → 網膜損傷、皮膚炎
- 対策:溶接マスク、遮光カーテン、個人防護具(PPE)
4. 温度上昇による爆発・火災
- 例:化学製品が直射日光や高温表面に置かれ、容器内部の圧力上昇 → 爆発
- 対策:直射日光を避けた保管、温度監視、発火性物質の管理
5. 高温作業そのもの
- 例:溶断・溶接・焼入れなど「ホットワーク」からの火花 → 可燃物に着火
- 対策:作業許可制度(Hot Work Permit)、消火器配置、作業前後の火気点検
視覚的警告表示(ISO 7010ピクトグラムの例)
記事中で紹介されている図は国際標準化機構(ISO)の安全標識に基づくものです。
- 🔥 高温表面警告(ISO 7010-W017)
- ☀️ 直射日光・温度上昇の注意
- 😷 溶接マスク着用の義務(ISO 7010-M014)
- 🚫 火気厳禁(ISO 7010-P003)

これらを適切に掲示することで、国際的にも理解されやすい安全表示を実現できます。
実務における設計・運用のポイント
- 設計段階でのリスク低減
- 高温部には断熱材や二重構造を導入
- 低温部は断熱と保護カバーで作業者の接触を防止
- 情報の提供
- 取扱説明書に使用温度範囲と危険箇所を明記
- CEマーキング対象機械では、必須の安全情報として提示
- 教育と訓練
- 溶接・鋳造現場では、火傷・UV対策のPPE使用を徹底
- 化学プラントでは、保管条件と異常時対応を教育
- 保守点検
- 温度センサーや断熱材の劣化を定期点検
- 高温作業許可(Hot Work Permit)制度の運用
よくある誤解と正しい理解
- 誤解①:高温=火傷、低温=凍傷だけを考えればよい
→ 実際には「材料の性質変化」「爆発・火災」「光・放射熱」など多面的リスクがある。 - 誤解②:警告ラベルを貼れば十分
→ ラベルは最後の手段。設計上のリスク低減(隔離・遮蔽)が最優先。 - 誤解③:室温環境では無関係
→ 直射日光下や密閉空間での温度上昇もリスク要因となる。
まとめ
- EHSR 1.5.5は「極端な温度による人体へのリスク除去」を求めている。
- 高温・低温のリスクは火傷・凍傷にとどまらず、爆発・火災・放射熱なども含む。
- 設計段階のリスク低減、視覚的警告、PPE、教育訓練、保守点検を組み合わせることが重要。
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