一
乾いた風が、赤茶けた大地を舐めるように渡っていく。太陽はまだ高く、影は短い。群れは水辺の岩陰に身を寄せ、じっと暑さをやり過ごしていた。
イブは、群れの中でも目のよい娘だった。遠くの草の揺れを見ただけで、そこに潜む獣の種類を言い当てることができた。だが彼女が本当に優れていたのは、目ではない。頭の中で、ふと何かが立ち上がる、あの感覚だった。まだ誰もそれに名前をつけていなかった。のちの世で、人はそれを「想像」と呼ぶことになる。
その日、イブの母が死んだ。
老いていたわけではない。棘のある茂みで足を傷つけ、傷が熱を持ち、三日のうちに息を引き取った。群れの誰もが、それを当たり前のこととして受け止めていた。獣に食われる者、川に流される者、毒のある実を食べて苦しむ者――死は雨や風と同じように、ただ起こるものだった。それ以上でも、それ以下でもなかった。
けれどイブだけは、母の亡骸の前でうずくまったまま、動けずにいた。母の体からゆっくり温もりが失われていく、その感触が、彼女の中の何かを壊した。そして同時に、何かを生んだ。
「どこへ、行ったの」
誰にともなく、イブは呟いた。答える者はいなかった。答えるための言葉を、まだ誰も持っていなかったからだ。
二
その夜、焚き火を囲む群れの中で、イブはふと口を開いた。ふだんなら誰の耳にも留まらない、若い娘のひとことだった。だがその晩、イブの声にはどこか違う響きがあった。
「わたしたちが今いる場所より、もっと遠くに、もっと緑の深いところがある」
年長の男が鼻を鳴らした。「見たのか」
「見た」
とっさに出た嘘だった。だが口にした瞬間、それは彼女の中で本当のことに変わった。
「そこには涸れることのない泉があって、いつまでも実をつけている木がある。飢えも渇きも、傷も、そこにはない」
「そんな場所、どこにある」
「西の、もっと西。日が沈む場所よりも、まだ先」
誰にも確かめようのない場所を、イブは選んだ。それが肝心だった。確かめられないからこそ、それは誰のものでもなく、誰の心の中にも等しく置くことができた。
「母は、そこへ行ったの」とイブは続けた。「もう傷も痛みも感じていない。緑の中で、涼しい水を飲んでいる」
焚き火のまわりが静まりかえった。誰かが鼻をすすった。老いた女がひとり、小さく頷いた。
イブはその場所に名前をつけた。理由はなかった。ただ口の中で転がしてみて、しっくりきた響きだった。
「エデン」
三
エデンの話は、その晩だけでは終わらなかった。
次の月が満ちる頃には、子どもたちが「エデンごっこ」をして遊ぶようになっていた。誰かが死ねば、老いた女たちは「エデンで待っている」と口にするようになった。傷を負った狩人は、痛みに耐えながら「エデンには痛みはない」と自分に言い聞かせた。
不思議なことが起きていた。エデンという、誰も見たことのない場所を分かち合う者同士は、そうでない者たちよりも、ずっとたやすく力を合わせられるようになったのだ。獲物を分けるとき、争いを収めるとき、隣の谷から来た見知らぬ群れと出くわしたとき――「同じ場所を信じている」というだけで、彼らは互いを仲間だと感じることができた。
もはや血のつながりだけが群れを結ぶのではなかった。エデンという、実体のない一つの物語こそが、目に見えない絆になっていた。
あるとき、年老いた呪術師がイブに尋ねた。
「お前は本当に、エデンを見たのか」
イブはしばらく黙って考えてから、正直に答えた。
「見ていない。でも、見る必要なんてないと思ったの。感じることに、見ることは要らないから」
呪術師は長いこと黙っていたが、やがて笑った。それは人を見下す笑いではなく、何か大きなものの入り口をふいに覗き見てしまった者の笑いだった。
四
季節は幾度も巡った。
イブの物語は、彼女の口から娘へ、その娘からまた次の娘へと渡っていった。語られるたびに少しずつ形を変え、泉のある場所は移ろい、木の実の種類も変わり、蛇や果実をめぐる細部が新たに付け加えられていった。それでも「エデン」という名前だけは、不思議なほど変わらずに残り続けた。
イブがこの世を去るとき、彼女は自分が生み出したものの正体を、正確には理解していなかった。ただ、群れが以前よりも大きくなり、以前よりも遠くまで旅をするようになり、そして見知らぬ者ともためらいなく手を取り合うようになったことだけは、その目で確かに見ていた。
やがてその群れは、幾世代もの時を経て大陸を越え、海を渡り、みずからを「知恵ある者」――サピエンスと呼ぶようになる。
彼らが手にした武器のうち、最も鋭かったのは石でも火でもなかった。見たことのないものを信じ、それを見知らぬ誰かと分かち合う、その力だった。
イブが焚き火のそばで何気なく口にした、根拠のないひとつの物語。
それは今もなお、姿を変えながら、幾千万の人々のあいだで語り継がれている。

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