機械を製造・販売するとき、ただ「安全に使える」仕様を書いた取扱説明書を作ればよいわけではありません。販売促進資料(Sales literature)— 仕様表、パンフレット、カタログ、ウェブサイト、見積書など — も、安全要件や排出性能(騒音・振動・有害物質など)に関して、取扱説明書と矛盾していてはならないという規制要件があります。
ここでは、EHSR の 1.7.4.3 に基づく要求を整理し、具体的に何を注意するべきか、さらに 騒音・排出性能情報の表示実務 や、新しい EU 規制(Machinery Regulation 2023/1230)への対応動向も含めて解説します。
EHSR 1.7.4.3 の条文とその意味
原文条文と日本語訳
原文(Directive 2006/42/EC, Annex I, 1.7.4.3)
“Sales literature describing the machinery must not contradict the instructions as regards health and safety aspects. Sales literature describing the performance characteristics of machinery must contain the same information on emissions as is contained in the instructions.”
日本語訳
- 機械を説明する販売促進資料(カタログ、仕様書、ウェブ広告等)は、健康および安全に関する取扱説明書の内容と矛盾してはならない。
- 機械の性能特性(たとえば処理能力、回転数、出力など)を示す販売促進資料には、取扱説明書に記載されている 排出(emissions) に関する情報が同一で含まれていなければならない。
この「排出(emissions)」という語は、騒音・振動・有害物質放出、電磁ノイズなどを含む広義の排出物を指すものと理解されます。Guide to the Application(機械指令適用ガイド)でも、「販売促進資料と取扱説明書の整合性 (health & safety aspects)」という解説が含まれています。
なぜこの規定があるか?意義と役割
- 販売促進資料は、購入を検討する際の最初の接点であり、使用者が「この機械なら期待どおり使えるか」を判断する材料になります。
- したがって、販促資料で「騒音が低い」「排出物なし」などの表記をしておきながら、実際に取扱説明書で「残留リスクあり」「追加対策必要」と記載していたら、利用者に誤解を与え、法令適合性や信頼性を損ないます。
- 規制当局・認証機関も、販促資料を製品の用途判断や範囲決定材料として参照することがあり、販促資料の表現が契約上・適合判断上の根拠となることがあります。 (ブルマノ)
販売促進資料に記載すべき排出情報:騒音を中心に
「排出 (emissions)」に関する情報で、最も現実性が高く、かつ規制・実務で要注意なのが 騒音(空気騒音、騒音パワーレベル等) です。これについて、実務ガイドや規制事例をもとに、記載要件と注意点を整理します。
騒音情報表示の義務と要件
- 機械指令ガイドおよび英国の安全機構 HSE の解説では、取扱説明書に記載すべき「空気中騒音排出レベル (airborne noise emissions)」の情報を、性能を示す販促資料にも含めることが求められるとしています。
- 具体的には、騒音レベル (例えば音響パワーレベル L_WA や音響圧レベル L_pA)、不確かさ (uncertainty) の要素、条件(測定条件、設置条件など)を併記することが推奨されています。
- 一部ガイドでは、「騒音レベル 80 dB(A) を超える機械では、より詳細な表示義務が生じる」との記載も見られます。
- 販促資料は「性能特性 (performance characteristics)」を説明する部分でこの情報が必要になります。
実務上のポイントと注意点
項目 | 注意点 |
---|---|
測定条件明示 | 騒音測定時の加重特性、マイク位置、背景騒音補正、反響条件などを記載。無条件に値だけ載せるのは不十分。 |
不確かさ (Uncertainty) | 測定値には誤差幅があるため、不確かさを併記するべき。HSE もこれを指摘しています。 (HSE) |
設置条件の影響 | 室内設置 vs 屋外設置、床材反響、近傍壁面反射などによって実測値が変わるため、前提条件を明示すべき。 |
残留リスクの警告 | たとえ騒音低減設計を行っていても残存騒音リスクがあるなら、それを明示し、必要な防音対策や保護具(耳栓等)の使用を促すべき。 |
表現の一致 | 取扱説明書と販促資料で騒音値が異なる表記にならないように注意する(矛盾は不可)。 |
他の排出情報 | 騒音以外に振動、排ガス、有害物質、電磁ノイズなどが関係する機械では、可能な範囲で販促資料にも同等の排出情報を反映すべき。 |
このように、販促資料で騒音値を載せる際は、ただ「騒音 70 dB」など値だけ記すのではなく、「測定条件・不確かさ・前提条件・残留リスク」などを含めた情報表示が望まれます。
販促資料 vs 取扱説明書の整合性を保つための設計方針
販促資料と取扱説明書の情報が矛盾する「不実表示」や「誤認誘導」は法令上許されず、信頼性低下や訴訟リスクを招く可能性があります。以下は整合性を保つための設計方針と実践策です。
情報の統制・バージョン管理
- 販促資料(カタログ、ウェブ、仕様書等)と取扱説明書は、同一情報源または同一データベースから生成するようにプロセスを設計する。
- バージョン管理を徹底し、ある仕様値を更新した際にはすべての資料を更新対象とする(同期ルールとレビュー制度を設ける)。
- 販促資料に記載する安全関係情報(残留リスク、警告、制約条件など)は、取扱説明書に記載されているものを漏れなく反映させる。
範囲明示と限定条件の明確化
- 販促資料で性能や排出特性を示す際には、「当社試験条件下」「標準設置状態」「バックグラウンドノイズ補正なし」など条件を明示する文言を添えること。
- 利用環境が変動しやすい機械については「実使用条件では数値が変動する可能性があります」など、責任回避的な注意書きを入れる。
- 販促資料と取扱説明書で「許容仕様の範囲」や「使用条件制限」を一致させ、販促資料上で過大表現(たとえば「無騒音」「無排出」など)は避ける。
安全関連文言・残留リスクの表示
- 販促資料で性能を強調する際、安全性・残留リスクに関する注意文言を併記することが望ましい。
- たとえば、「この仕様は保護措置装備時の値です」「使用時の騒音低減措置を併用すべきです」など、取扱説明書の安全指示と整合する文言を入れておく。
- 特に騒音・振動・有害物質排出などが顕著な機械では、販促資料に「注:残留騒音リスクあり、耳栓を使用してください」など補足注意を載せる実例もあります。
法制度対応:新規則(Machinery Regulation)下での注意点
- 新しく導入される Machinery Regulation (EU) 2023/1230 でも、販売促進資料に関する矛盾防止要件は継承される見込みです(適合性要求事項の中で “instruction / information consistency” が重視されている)
- 規則化 (Regulation) になることで、適合性義務がより厳格に適用される可能性があるため、販売促進資料・ウェブサイト情報・技術仕様表なども CE 適合性文書の一部と見なされるリスクを意識しておくべきです。
実務チェックリスト:販促資料レビュー時の確認ポイント
以下は販促資料をレビュー・審査するときに役立つチェックリスト例です。
チェック項目 | 内容 |
---|---|
販促資料の安全関連記載が取扱説明書と整合しているか | 警告、制限、残留リスク、使用条件などが一致しているか |
騒音・振動・有害物質排出などの性能値が販促資料と説明書で同一か | 測定条件等の前提も併記されているか |
測定条件・前提・不確かさ (uncertainty) が明示されているか | 無条件の数値だけの記載では不十分 |
過大広告(“無音” “無排出” “完全無振動” 等)がないか | 安全要件や性能制約を無視した過剰表現は避ける |
利用条件や設置条件などの制限条件が記載されているか | 実使用環境での変動リスクを明示しているか |
残留リスク・安全措置・保護具使用指示等が併記されているか | 特に騒音・振動で残るリスクには注意を促す文言を入れる |
ウェブサイトや電子カタログも販促資料に含むか | デジタル媒体の内容も法的な “Sales literature” として扱われ得る |
販促資料の更新履歴・改訂版表示があるか | 古い版と新しい版の混在防止等の対応をしているか |
まとめ:販売促進資料は “安全と性能の約束文書”
- EHSR 1.7.4.3 により、販促資料は単なる広告ではなく、取扱説明書と整合性を保ちつつ、安全・性能仕様を正確に伝える法的意義を持つ文書です。
- 最も注意すべき排出情報は 騒音 (noise emissions) で、販促資料で示す性能には、測定条件・前提・不確かさなどを併記すべきです。
- 整合性を保つためには、販促資料と取扱説明書を同一データソースで設計・バージョン管理し、過剰表現を避け、必要な制限・注意文言を併記することが望まれます.
- 新しい EU 規制(Machinery Regulation 2023/1230)施行に向けて、販促資料も適合性文書の一部として扱われる可能性が高まるため、早めの準備が推奨されます。
もしよろしければ、この内容を日本国内法規(日本の機械安全規則、産業安全法規制など)との対応付き解説版にできますが、そちらをご希望されますか?
販売促進資料(Sales literature)とは、使用者に購入を促すために、製品の利点を宣伝し、興奮を生み出たり、使用者に購入してもらうための営業用の資料です。具体的に言えば、仕様書、パンフレット、カタログ、注文書などになります。
EHSRでは、機械に付属する取扱説明書は、主に機械の安全な使用をに関する情報を提供することを目的としていますが、この販売促進資料(Sales literature)は、その 取扱説明書に記載されている内容と一貫性を持たせることを要求しています
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