EUのCyber Resilience Act(CRA:サイバーレジリエンス法)は、2025年1月に発効し、今や単なる「法規制」ではなく、デジタル製品・サービスを提供する企業にとって市場競争力を左右する基盤ルールとなりつつあります。
特に第4章〜第8章は、経営者や管理者が理解しておくべき「制度の運用方法」「当局の監視体制」「罰則や移行スケジュール」に関わる重要部分です。この記事では、第1章から第8章までを整理しつつ、最新の統計・実務的影響・日本企業が取るべきアクションを交えて詳しく解説します。
第1章:一般規定(General Provisions)
主題と目的(Article 1)
CRAは、デジタル要素を含む製品のライフサイクル全体にわたるサイバーセキュリティ確保を目的としています。
- 設計・開発・運用・廃棄まで一貫したセキュリティ要件を課す
- EU市場での信頼ある自由流通を保証する
出典:European Commission, Cyber Resilience Act (2024)
適用範囲(Article 2)
- IoT機器、ソフトウェア、工業用制御システム(ICS)、さらにはAIを含む製品まで幅広く対象
- 国家安全保障や軍事分野は例外
定義(Article 3)
- 「経済事業者」=製造者、輸入者、販売業者
- 「クリティカル製品」=Annex IVに分類される高リスク製品(例:クラウドサービス、OS、パスワード管理ツールなど)
第2章:事業者の義務
CRAは、製造者に従来以上に厳格な責任を課しています。
製造者の主な義務
- リスクアセスメントの実施と継続的更新
- セキュリティアップデートの提供(最低5年間、推奨10年間)
- SBOM(ソフトウェア部品表)の整備
- OSS利用時の脆弱性管理
報告義務
- 脆弱性報告:発見後24時間以内に初期通知、72時間以内に詳細報告、14日以内に最終報告
- 重大インシデント報告:24時間以内に通知、1か月以内に完全報告
報告先は加盟国のCSIRT+ENISA。遅延すれば罰則対象に。
第3章:適合性評価とCEマーキング
適合性の推定
- 調和標準に準拠していれば「適合」と推定
- 標準が不足する場合、欧州委員会が**共通仕様(Common Specifications)**を策定
EU適合宣言(DoC)
- 製造者が自ら責任を負い、適合宣言を作成・署名・公開
- 顧客・投資家への透明性を示す「信頼証」
CEマーキングの基本原則
- 製品やパッケージに明示、ソフトウェアはWeb表示可
- 不正使用は当局が摘発
第4章:Notified Bodyの役割と企業への影響
Notified Body(NB)=EU認定の適合性評価機関
- 高度なセキュリティ専門性・独立性を持つことが必須
- EU加盟国が定期監査を実施
注意点:
日本企業が誤ったNBを選定すると、製品投入が数か月以上遅れるケースも報告されています。設計段階からNBと協力し、認証リードタイムを短縮する戦略が不可欠です。
第5章:市場監視と執行(Market Surveillance)
市場監視当局(MSA)が、販売後も製品を監督します。
- 不適合製品は修正・撤去・リコール命令対象
- ENISAや各国データ保護当局と連携して監査
日本企業にとって、販売後の監視体制構築(自主レビュー・リコール体制)が競争力維持の必須条件となります。
第6章:委任法・実施法(Delegated & Implementing Acts)
CRAは動的に変化する規制です。
- クリティカル製品リストの更新
- 報告義務の拡大
- CEマーキング様式変更の可能性
企業は「一度適合したら終わり」ではなく、継続的モニタリング体制を確立する必要があります。
第7章:機密保持と罰則
- 営業秘密や顧客データを厳格保護
- 違反罰則:最大1,500万ユーロ、または全世界売上高の2.5%
GDPRと比較しても高額で、サイバーインシデント公表がブランド価値に直撃します。
実務的には「監査証跡を残し、いつでも当局に提示できる体制」が求められます。
第8章:移行措置と施行スケジュール
- 2026年6月:Notified Body指定開始
- 2026年9月:報告・文書義務スタート
- 2027年12月:完全施行
既存製品は原則適用外ですが、大幅改修時は再評価必須。
まとめ
CRA対応は「法令遵守」ではなく、以下のように経営戦略の一部とすべきです:
- 市場参入の条件 → Notified Body連携
- ブランド信頼性の確保 → 市場監視対応と透明性
- 財務リスク回避 → 機密保持・罰則回避
- 長期競争力の確保 → 移行スケジュールを活用
CRAは「負担」ではなく、信頼と競争優位を獲得する武器です。
参考情報
- 公式EU CRAページ:EU Cyber Resilience Act
- ENISAガイドライン(IoTセキュリティ):ENISA IoT Security Guidelines 2024
MSDコンサルタント
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